2020年4月に緊急事態宣言が発出されたことで、多くの企業は突然、オンラインを前提とした働き方への変貌を余儀なくされた。そしてオンラインに不慣れな組織は、慌てて対応を始めた。もっと早くからそうしておけばよかったと思う一方で、きっかけはどうあれ「オンライン前提型」に社会や企業が動き出したのは良かったのかもしれない。これまで「会社のルールが……」「オンラインは難しい……」「セキュリティの問題が……」と、どこかに模範解答が掲出されているのではないかと思うほど、こぞって同じ発言をしていた人や企業も、重い腰を上げたからだ。
だが、この流れは、大きなお世話だが少し心配もある。新型コロナをきっかけにやむなくオンライン化したに過ぎない企業があまりにも多いと感じている。DXというバズワードをIT化と誤解している人が多いのはその象徴だろう。事業や組織を本質的に構造改革することこそDXなのだが、ワクチンが行き渡った途端に、旧来型の事業運営や組織運営に舞い戻ってしまう気がしてならない。
オンライン化は、新型コロナ対策ではない。コロナ禍をどう乗り切ろうといった視点や思考では、緊急事態が収束しても、事業そのものが緊急事態になってしまう。
これから全3回にわたり、筆者が考える本質的な構造改革の必要性とそのポイント、そして、その上でのこれからの組織づくりやチームビルディングについて説明したい。それらの記事を通じて、少しでも本質を考えるきっかけになれば幸いだ。
モノ消費からコト消費へ。モノではなく体験の重要性は、すでによく耳にするフレーズだ。物質的欲求の時代は、モノが必要だった。30万円の性能のテレビ、300万円の性能の車、3000万円のマイホーム。モノという画一的な基準にもとづいて、それを欲求していた。
そして情報だ。新聞やテレビしか情報がなく、それが世の中のすべてだと思い込むことができた時代は終わり、インターネットにより誰もが自分が求める情報を手にすることが容易になった。誰かにとっては30万円のテレビはほしいものでも、誰かにとっては5万円の中古テレビでいいし、そもそもテレビはいらないと思う人もいる。テレビがなくても生活に困らないからだ。
モノと情報が行き渡った今、そのモノの必要性はそれぞれになり、必要だとしてもモノをどうコトにするかに対して人は興味を抱くようになった。昭和の画一的な価値観に対してではなく、他人の基準ではなく、自分の基準で望んだ体験にお金を払う。
分かりやすい例がAirbnb。ラグジュアリーホテルに泊まって高級料理を食べるために奮発するのではなく、オーナーや地域との交流が可能で、自分ならではの楽しみ方ができる。そしてレアな体験にお金を使う。極端な例だが、河川のゴミ拾いツアーにお金を出して参加する人も存在する時代だ。感情的体験というクラウドファンディングに参加するのもその象徴例と言える。
つまり、ビジネスにおける提供価値は、恐ろしいまでに多様化した。1万円の使い方は人それぞれになった。まったく同じことだとしても、1万円を出す人もいれば、100万円を出す人もいる。お金をもらってもお断り、そんな人も現れる。モノの時代には考えられなかった思考や行動となった。
だからこそ、事業において、計画に過度な時間をかけることが無意味とも言える。物質的な欲求がある画一的な価値観の時代は数年先の状態を予想でき、確率論的に正解になることが多かった。しかし価値観が多様化した上に、トレンドはすぐに移り変わる。しかも技術は次から次へと革新されていく。圧倒的な天才でもない限り、未来予測ほど無意味なことはなくなった。10~15年前に、これだけスマホ中心の世界になると誰が予測しただろうか。はっきり言って、やってみなければ何も分からないのだ。
価値観が多様化したこの世界において、こうすれば完璧なんてことは絶対にない。ある人には最高と賞賛されても、ある人には最悪と罵られる。であれば、考え過ぎても、準備に時間をかけ過ぎても、本当に意味がない。シンプルに行動あるのみだ。実行する中でチューニングし続けたり、ターゲットでなければ無視し続けるしかない。
ところが、なぜか企業は、いまだに3カ年計画という謎のフォーマットを信仰する。直近3カ月程度なら確からしいプランを描けるが、3年後なんて誰も分からない。事業計画を担当している大手企業社員が「正直、エクセルに関数を入れてビーっと横引きするしかわからないけど、一応カタチにしないといけないから」と発言しているのを目の当たりにしたことも少なくない。
ひとつ例を紹介したい。「塔を建て、チームをつくる」というTEDの映像がある。
パスタとマシュマロを使って、制限時間内に高い塔をつくる実験だ。チャレンジしたチームは、建築士チーム、一流大学出身チームなどのほかに、子供チームがある。結果は、さすがに建築士チームが一番だったが、着目点はそこではない。一流大学チームより子供チームが勝ったことだ。
子どもたちは、知識も経験もない。だからとにかく「やってみる」だった。やってみて、塔が崩れたら、違うやり方にしてみる。それをひたすら繰り返す。結果として、建築士軍団に次ぐ、高い塔をつくった。
一方で一流大学の学生はどうか。まず計画を立てた。どのようにすれば高い塔がつくれるか、それを考えることに時間を費やした。あれこれ議論をし、手を動かさない。残り時間が少なくなって手を動かし始めるが、最後に塔は崩壊してタイムオーバー。行動するというチャレンジの回数は、子どもチームと比較して、圧倒的に差があった。知識も経験もなく行動しかできない子供たちに惨敗したのだ。
計画が一切不要とは言わない。むしろ必要なことだ。しかし、考え過ぎたり、準備し過ぎたり、リスクヘッジし過ぎたりすることは、チャレンジする機会を減らすだけ。完璧を求めることは、惨敗へのカウントダウン。「少し計画して、すぐに実行。失敗したら、違う方法で実行」。それが成功への近道となったのだ。
価値が多様化し、テクノロジーが進化し続ける現代。今日の正解が明日の不正解かもしれないという時代においては、成功失敗を思考し準備することがそもそも失敗になる。実行し続けることこそが、成功の近道になった。「実行スピード」と「実行回数」を上げる実行力こそが事業推進と事業の成長になる唯一の手法といっても過言ではない。
実行力を上げるにはどうするか。テクノロジーが魔法をかけてくれるわけがないので、チーム・組織の人がやるしかない。しかし「キャパシティがない」「ケイパビリティがない」といって、行動しないケースをよくみかける。
もちろんそれは事実でもあるが、あくまで、”今そこにいる人が実行する場合” の話だ。自分が忙しくてできない、もしくは、自分の得意領域ではないのであれば、それが得意で時間を割ける人を探すまでだ。それを「優先順位をつけましょう」という賢そうな発言で実行機会を削除してしまう。
時代は変わった。車がほしいなら購入するしかなかった時代から、レンタカーが生まれ、現在はシェアカーも登場している。購入という固定から、シェアという流動へシフトした。同様に、組織やチームも、「専業正社員だけ」から「スキルを持つフリーランスとの協働」へと移りつつある。そういった変貌を遂げた組織やチームだけが、時代に置き去りにされない実行力を手にしている。
ある大手グローバルメーカーの事例を紹介しよう。社内のリソースだけでは、事業課題解決の施策を充分に実行ができなかった。資金も採用力もあるので、正社員採用という形も選択できたが、それでは時間がかかる。クイックにチャレンジするために、フリーランスとの共創を選んだ。アクション開始から1週間後には約20名規模の体制が整い、施策を開始した。もしも正社員採用を選択していたら「募集して、選考して、内定を出して、承諾を得て、入社を待つ」ので、はやくても3カ月、長ければ半年後の実行になっていただろう。その間にも、実行力のある企業は前進しているから、もしかしたらその頃には、当初の計画は見直す必要があるかもしれない。もう一度思考したり、議論したりと、実行できない状態に舞い戻る。
この時代錯誤な発想と言動は、実行スピードが問われる今のビジネス環境において致命傷といっても大げさではない。もちろん闇雲に着手することとは別の話だ。順番はあるが、遅らせる理由にはならないだけ。とにかく行動した人や組織に勝てないし、アマゾンのような実行力のある企業に遅かれ早かれ飲み込まれてしまうだろう。
その結果は、世界の時価総額ランキングにも現れている。わずか20年前は日本企業が上位を占めていたが、現在はこぞって順位を下げている。日本のトップはトヨタで40位程度に留まる始末。ランキング上位群であるGAFAと比較すると、驚くほどの差が生まれてしまった。ある有識者からは「もう日本の復活は不可能で、できたとしても粘る時間を長引かせるのが精一杯だ」という発言も出ている。
時代は変化した。社会の価値観は多様化したことで、事業の提供価値も複雑になった。だからこそ計画に時間をかけすぎても意味がない。プロトタイプでいいからアウトプットし続け、それをチューニングしていくしかない。とにかく実行力が問われる。20年前の日本企業の成功モデルや発想から脱却し、事業そのものを構造改革していかなければならない。
そして、事業を推進するのは、人・チーム・組織だ。事業の構造改革のためには、組織の構造改革も不可欠。「社内でできるリソースがないから採用しよう、でも人材難だから難しい」という先入観をまずは捨てることから始めないといけない。
しかし悲観した話をしたいわけではない。考え方を変え、行動を変えることは誰でもできる。一部の事柄を除いて、資金力もほぼ関係ない。企業の大小も関係ない。できない理由を盾にし続ける企業があまりにも多い中、先んじて構造改革をすることで、ダイナミックな状況変化を起こす可能性があるのだ。いつの間にか、アップルやアマゾンが世界の頂点に立ったように。
次回以降は、組織の構造改革を行なうためのチームの作り方、実行力を最大化させるためのチームビルディングについて説明したい。
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